有限会社 小堀菓店舗

越前・敦賀の町に生まれて111年。

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小堀菓舗TOP PAGES ≫ 敦賀みかんへの熱い思い

実っているみかんが食べられないという事実。

敦賀・東浦のみかんは酸っぱくて・・・そんな誤解が流通から姿を消した理由でした

敦賀湾 みかん遠望

敦賀・東浦みかん物語
敦賀港のみかんとの関わりは今から100年以上前の
1906年に日ソ講和条約の締結によって開かれた
敦賀‐ウラジヲストック直通航路に始まるといわれています。
 
1907(明治40)年敦賀港の輸出
【輸 出】                      【輸入】
第1位 みかん 306,000円    第1位 石油 535,000円
第2位 織物類 196,000円    第2位 豆粕 157,000円
第3位 洋服   187,000円      第3位 大豆  97,000円


敦賀港のみかん輸出が1位だった理由
 
当時のウラジオストクだけで10万人。周辺地域を含めると実に
30万人以上もの人々が暮らしていました。
ウラジヲストックは極寒の地で、冬場には野菜が手に入らず
人々はビタミンCの不足に悩んでいました。
かと言って、野菜では氷って凍みてしまい食べられない。
そんな救世主として重宝されたのが「みかん」でした。
みかんは凍結しても解凍すれば美味しく食べられ
しかも冷凍のままならいつまでも新鮮な状態で簡単に保存できる
極寒の地・ロシア(ウラジヲストック)ではビタミンCを
たっぷり含んだ貴重なフルーツとして敦賀港から出荷されました。

1907年当時の資料では、敦賀あらの輸出品目のナンバー1は
なんと「みかん」で当時のお金にして306,000円。
当時の公務員の初任給が50円だった時代ですから
今の初任給を20万円とすると、物価は実に4000倍!
当時の30万円を今の価格になおすと概算でも12億円オーバー
いかにみかんが輸出されたかを物語る数字ということが出来ます。
まさに、敦賀は「みかん」の港だったのです。
 
敦賀から輸出される野菜やみかんは・・・当時は実は
敦賀で栽培されたものではありませんでした。
日本全国や遠くは台湾から集められてものが送られていました。

東浦地区ではどうやら江戸時代末期頃から
みかん栽培が始めたれたようですが
本格的に栽培が盛んになってきたのは1910(明治43)年頃からで、
県の栽培推奨を受け徐々に栽培農家も増えていったとこのことです。

盛んに行われたみかん輸出にかげりが見え始めたのは1915年
第一次世界大戦開戦の影響もありロシアへの輸出は
繊維製品や金属類となり
敦賀港の役目は対朝鮮貿易港へと大きく変貌を遂げ
その影でみかんの輸出は次第に姿を消していったのでした。

●最近のみかん事情
ロシアへの輸出が止まった後も、みかんは敦賀の地で
「東浦みかん( (敦賀みかん))として親しまれ続け
私が生まれた頃には当たり前に生活の中にありました。

ちょっとすっぱいみかんですがコクがあり
敦賀では「おいしいみかん」として季節になると
学校給食でも出てきたり・・・冬場はコタツと東浦みかんは
敦賀ではセットだったように記憶しています。
  敦賀の冬はこたつと東浦みかん

しかし、時代の流れと共に全国的にもみかんの需要は減り
イチゴ・モモ・パイナップル・メロンなど
甘い甘い果物に次第に主役の座を奪われていきました。
同時に、人気がなくなるとJaなどの市場流通がされなくなり
それと同時に、しだいに東浦みかんは
敦賀の街中から姿を消していってしまったのでした。

●東浦みかんを復活させたい!
私の会社の店は、敦賀市内ばかりではなく
北陸トンネルを越えた向こう側の「鯖江」にもあります。
この鯖江の店に毎日製品を届けるため海沿いの国道8号線を走ります。
秋10月頃からフッと目に留まるのが東浦のたわわに実ったみかん。
みかん狩りだけは今も脈々と続けられているのです。
  敦賀湾を望むみかん園
近年では町おこしなどでみかんを植えて
出荷しているところも在るようですが
この東浦のみかん栽培地は実は歴史的背景を持った
日本のみかん栽培の北限地だといわれています。
このみかんを何とかでいたらいいのにな
昔から馴染んでいた私は心の底のどこかで、
そんな風に思っていました。

そんな時に、敦賀商工会議所さんから
福井の農産物と連携したモノづくりを支援する
「ふくい逸品創造ファンド」事業の農商工連携部門で
新商品作りにチェレンジしてみないか?と声を掛けていただきました。
そして、新商品開発が専門領域の岡本プロデューサーを紹介していただき
敦賀商工会議所さんと当社と岡本プロデューサーと
3人が連携して申請書を作り上げ応募して
見事に事業認定を受けることが出来き、
東浦みかんを使った新しいスイーツの開発の夢が動き始めました。